「子は、育てたように育つ」
1、なって欲しい子になる、言葉がけ
こんな事例がある。
全校朝会が始まった。
校長先生が、挨拶をする。
「〇〇小学校の、『良い子の皆さん』おはようございます」
この言葉の「良い子」が、重要なのだ。子どもたちは、特に小さき子たちには、「良い子」が魔法をかけてくれる。全校朝会の度に
心地良い言葉「良い子」と言ってくれるのだ。知らず知らずの内に、自分を「良い子」と言ってくれる。私は、「良い子」なのだ、と。
しかし、この小学校が、全く問題が無かったのではない。ここで、考えたいのは、
・なって欲しい子の姿を、言い続けること
・温かい雰囲気を、「ここぞ」と言う場面で、いつも醸し出すこと
それが大事なことなのである。「良い子の皆さん」と声を掛けられて、怒るとか嫌な気分になる子は、居ない。
私自身も、全く真反対の、同じ経験を持つ。私は、コンプレックスを持つ言葉を、よく親に言われた。
「太っている」それで、事実となっていった。
確かに、それは言いがかりである、と言われるかもしれないが、自分にとって、嫌な言葉を言われ続けたら、コンプレックスになる以外、何者でもない。
こんな事例もある。
学校では、「緑のカーテン」として、窓の外に、ゴーヤなどの苗を植えて、涼しい環境を作る。
一箇所は、職員室の側。もう一つは、一年生の側。
どちらが、すごく育ったか。職員室である。
なぜか。一年生の教室は、夏休みまでは、明るくて元気な声が響く。ゴーヤにも、もちろん声が掛かる。しかし、夏休みは、全く誰の声もしない。かたや職員室は、夏休みでもさまざまな声が掛かる。子どもたちもプールの帰りなどに、声を掛ける。
そう、「自分への、声掛け」は、植物でもとても大事、効果抜群なのである。いわんや、人間はもっと大事。言葉をもっているのだ。「気持ちを、言葉に表そう」
子どもが、些細なことでも優しいことをしたら、「優しいね」と意味付け、事あるごとに声を掛ける。褒められると、「もっと誉められたい」と思うもの。そうすれば、褒める場面が多くなっていく。この繰り返しが多くなり、「気持ちがいい、親子関係」「褒め言葉による相乗効果」が続く。
私が目指す親子関係である。
しかし、現実は違うことが多い。理想に近づけることが目標であり、何も衝突がないのが、素晴らしい親子関係ではないことを、明記しておきたい。
2、誤魔化さない
「小さいから、こんな事は、誤魔化せるだろう」とは、絶対、思わない。
よく親として、大人として、「約束は、守る」と言う。でも、子どもとした約束は、意外と反故にしてはいないだろうか。
「急に違う約束が入ったから」「会社に行って、給料をもらっている。大人の事情だよ」
「今度にして」
確かに、私たち親の事情はある。それは、小さき子にだって、話せばわかる、わかろうとしてくれる。その言い訳の前が、とても重要。言い訳の前の、「ごめんなさい」
大人は、よく言うではないか。「言い訳の前に言うことがあるだろう」「ごめんなさいは」あ大人だって言おう。小さき子は、言い返さないかもしれないが、心の中に溜まっていく。「自分たちは、言わないじゃないか」
3、全て、以心伝心〜心で伝える〜
小さき子は、本能で全てを捉える。
誰が、自分のことを、心から愛してくれているか
誰が、自分のことを、心から心配してくれているか
誰が、自分のことを、心から考えてくれているか
言葉の響き
何気なくとった態度
目の動き・・・。
周りの環境としての親のことは、めちゃくちゃ見ています。感じています。
親である私たちが疲れて、そのまま、小さき子への対応が荒れてしまう時もある。
でも、その反対に、小さき子から荒れた態度を私たちが受けた時、
「えっ、何なの?」とは寝付けてしまう時もある。
そこで大事なことは、私たち親は、大人であり、木の上に立って見ている「おや」であることを振り返ろう。
さぁ、一呼吸を置いて、精一杯今の気持ちをぶつけてくる、小さき子の言うことに、身体ごと耳ごと傾けよう。